バド菜園 ~バドの自然と遊ぼうゆったり菜園らいふ~

山と湖と川、畑とお庭で遊ぶ暮らしです

~追悼~ 姉 妙子さんへ



 ~追悼~
私の姉が今年の9月18日に他界しました。
5年前に乳癌を患いましたが、手術をし、その後も良好で
いつもの生活に戻っていました。
しかし、ちょうど昨年の今頃、心配していた転移が発見されました。
肺癌です。
発見された場所が運悪く、有効な手術ができない箇所でした。
それから抗がん剤治療中心の闘病生活が始まりました。
しかし、癌の増殖を抑えきれず、日々体力がなくなっていきました。
ついに本人の意思で抗がん剤治療を断念。
そのあとも徐々に癌細胞が食道や気管を圧泊するようになり、
食事もままならす、呼吸もしにくくなっていきました。
最後までなんの愚痴も泣き言も言わない姉でした。
お見舞いにいったときも、
「私は良き夫、3人の子供たち、8人の孫。
そして一生付き合えた友人にも恵まれ、ほんとに幸せな人生やったよ。
なんの悔いもやり残したこともない。充実した人生やったわ。」と。

そして、とうとうその日がやってきました。
9月18日。
力尽き、家族に見送られながら静かに69歳の一生を閉じました。

私は姉と妹の3人きょうだい。
いつも仲が良くて、姉妹が嫁いでからも、
夫婦共々いつもみんな集まっては
父や母を囲んでの食事会をしていました。
姉はほんとに姉らしく私や妹の世話をよくしてくれました。
困ったときもいつも相談に乗ってくれ励ましてくれました。
母(2年前に亡くなる)が認知症を患い日々症状が進行するなかで、
姉妹が交代で寝泊まりし面倒をみてくれました。
姉が乳癌を患った後もそれは続きました。
ほんとにありがたくうれしかったです。

そんな姉が3年前の1月でした。
「自分の家族の想い出のアルバム集を作りたい」と
夫婦や子供、そして孫たちのたくさんの写真を持ってきたのです。
私はそれから何度も姉の希望をききながら、写真の構成や、
バックの音楽をいっしょに決めていきました。
    健一 妙子 思い出のアルバム集
 その1  健一・妙子  夫婦編
 その2  健一・妙子  子供たちへのメモリー
 その3  健一・妙子  8人の孫ちゃんたち

その時私はなにも感じなかったのですが、今になって思えば、
この時、姉は自分の生い先になにか不安を感じるものが
あったのかもしれません。

姉の葬儀が済んでから私は妹と二人で毎週姉に会いに行きました
仏壇の前にある姉の穏やかな顔が、
「兄妹仲良く、助け合って私の分まで生きてね。
 そして健一さんのことももくれぐれもよろしくね~。」
と語っているようでした。

11月4日に四十九日の法要も済ませました。

姉が残してくれた大切な「健一・妙子 家族のアルバム集 夫婦編」
姉に思いを寄せてくれたたくさんの方々に見ていただけたらと思います。
オシドリ夫婦だったお兄さん(義兄)にもご了解いただきました。
姉もきっと天国で見てくれてると思います。

 お姉さん、天国でいつまでもみんなのことを見守っていてください。
 私たちもみんな仲良く助けあってお姉さんの分まで生きていきますから。

お家の東畑です

P1140791、、

オクラ収穫で忙しくて、夏の間放置状態だったお家の畑。
ようやくなんとかかっこがついてきました。
除草、果樹やバラの整枝剪定、除草シートの張り替え、
強風でいたんだパラソルもオニュ-に。
ようやくここで 休憩タイムを快適に過ごせるようになりました。
これから春のお花の準備です。
チューリップ、リナリヤ、花びし草のお庭にします。

今はお花もなく寂しい東畑ですね。
P1140794

  お庭の南天がきれい。
P1140773

今日の菜園作業
①お家の東畑の除草シートの張り替え
②新しいパラソルの設置 

7万5千円の右手 吉田拓郎 カバー バドちゃん



フオークギターをバンバン弾いていた時に
よく歌った曲です。
短い曲ですがなんとなく心がほんわか~します。
約45年ぶりに歌ってみます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~

右手 吉田拓郎 カバー バドちゃん

君の右手って 太くていやらしいね~
僕の右手を見てごらん
こんなによごれて豆だらけ
でもいいんだよこのままで
ギターを弾くんだから
君の右手と同じほど 大切な僕の右手なのだ


今日の菜園作業
①キャベツ苗の追加定植(20本)
②お家の東畑の畑花壇のお掃除や除草 


バドの連絡先
wingbado@yahoo.co.jp
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